FIFA公認サッカー映画「GOAL!」
2006年のワールドカップが背景という設定で作られた、国際サッカー連盟(FIFA)公認のサッカー映画『GOAL!』。
若者が、困難を乗り越え、ニューキャッスルからレアル・マドリードに移籍し、W杯出場の夢を果たすまでを描く3部作。
第1部はイングランド・FAプレミアリーグのデビューに主眼を置いている。主人公は単身ヨーロッパへ渡り、プレミアリーグの強豪ニューキャッスルに入団し、活躍する姿を描く。続編となる「GOAL!2」では、主人公がレアル・マドリードに移籍し、欧州チャンピオンズリーグを勝ち抜いていく様子が描かれている。最終作の第3部『GOAL!3』は2006年のワールドカップドイツ大会が舞台となる。
ストーリー
<GOAL! STEP1 イングランド・プレミアリーグの誓い>
メキシコの貧しい町で生まれ、アメリカ合衆国に不法に越境していた少年・サンティアゴ(クノ・ベッカー)が父親の反対を押し切ってイングランドに渡り、ニューカッスル・ユナイテッドに入団。現地で出合った看護婦ロズ(アンナ・フリエル)に励まされながら、トップチームでのデビューまでを描く。
| 監督 | ダニー・キャノン |
|---|---|
| 脚本 | ディック・クレメント イアン・ラ・フレネ |
| 製作 | マット・バーレル マーク・ハッファム マイク・ジェフリーズ |
| 製作総指揮 | ローレンス・ベンダー ピーター・ハージテイ |
| 音楽 | グレーム・レヴェル ジョエル・キャドバリー |
| 撮影 | マイケル・バレット |
| 編集 | クリス・ディケンズ |
| 配給 | 東芝エンタテインメント |
| 公開 | 2005年9月30日 (イギリス) 2006年5月27日 (日本) |
| 上映時間 | 118分 |
| 製作国 | イギリス アメリカ合衆国 |
| 言語 | 英語・スペイン語 |
<GOAL!2 STEP2 ヨーロッパ・チャンピオンへの挑戦>
プレミアリーグ最終節のリヴァプール戦で劇的なFKを決め、UEFAチャンピオンズリーグ出場権獲得に貢献したサンティアゴ。シーズンオフには婚約者のロズとの結婚話も順調に進んでいた。そこへサンティアゴを見出した代理人のグレンが現れ、スペインの名門レアル・マドリードがサンティアゴの獲得に乗り出した事を伝えられる。
サンティアゴは、このオファーを受け移籍を決断。開幕早々からレギュラーの座を掴むと一躍スター選手となった。しかし、婚約者とのすれ違い、予期せぬ怪我、生き別れとなっていた母親との再会など、様々なトラブルが待っていた。
| 監督 | ジャウム・コレット=セラ |
|---|---|
| 脚本 | マイク・ジェフリーズ エイドリアン・ブッチャート テリー・ロアン |
| 製作 | マット・バレル マイク・ジェフリーズ |
| 製作総指揮 | ローレンス・ベンダー マイク・ジェフリーズ |
| 出演者 | クノ・ベッカー アレッサンドロ・ニヴォラ スティーブン・ディラン アンナ・フリエル レオノア・ヴァレラ |
| 音楽 | スティーブン・ウォーベック |
| 撮影 | フラヴィオ・ラビアーノ |
| 配給 | ブエナビスタ・インターナショナル (アメリカ) ショウゲート(日本) |
| 公開 | 2007年2月9日 (イギリス) 2007年5月26日 (日本) |
| 上映時間 | 114分 |
| 製作国 | イギリス・スペイン・ドイツ |
| 言語 | 英語・スペイン語 |
<GOAL!3>
いよいよワールドカップが迫ってきた。イングランドの代表としてサンティは、チームメイトのチャーリーとリアムと共に世界の頂点を目指すことに。カリスマプレーヤーであるチャーリーは、サンティとリアムと一緒に映画の撮影現場に入り、そこでソフィアと知り合う。意気投合した4人だが、交通事故でサンティは腕を骨折してしまう。アル中のリアムは酒を絶ち、練習に没頭する。 そしていよいよワールドカップ開幕。ベンチ入りしたチャーリーとリアムだが、チャーリーは試合中に事故の後遺症のせいで急死してしまう。リチャードは友達のため、祖国のためにピッチに立つ……。
※ストーリーの路線は前2作と違い大幅に変更され、結果多大なファン離れを生むことなった。
| 監督 | アンドリュー・モラハン |
|---|---|
| 脚本 | マイク・ジェフリーズ ピアーズ・アシュワース |
| 製作 | マット・バレル マイク・ジェフリーズ ピーター・ヘスロップ ダニー・ステッパー |
| 製作総指揮 | ローレンス・ベンダー マイク・ジェフリーズ |
| 音楽 | マーク・トーマス |
| 撮影 | ジョージ・ティフィン |
| 編集 | ジャイルズ・ベリー |
| 配給 | ブエナビスタ・インターナショナル |
| 公開 | 2009年6月15日 (イギリス) |
| 上映時間 | 95分 |
| 製作国 | イギリス・スペイン・ドイツ |
| 言語 | 英語 |
歴史
1904年5月21日にオランダ、スイス、スウェーデン、スペイン、ドイツ、デンマーク、フランス、ベルギーの8カ国で創立。初代会長は、ロベール・ゲラン(フランス)。欧州以外では南アフリカが1909年に加盟したのが最初で、その後加盟国を増やし、現在、世界で208協会が加盟する(主権を持った独立国だけでなく、地域(たとえば中国の特別行政区である香港や、グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国(イギリス)を構成するイングランド、北アイルランド、スコットランド、ウェールズはそれぞれ別々にFIFAに加盟している)ごとの加盟が認められるため、国際連合加盟国数を上回る)。日本サッカー協会は1929年に加盟。
FIFAは当初は1国1代表を原則としていたが、次のような経緯で地域の協会も認可するようになった。FIFA創設の翌年1905年にイングランドが参加するまでは、近代サッカーの母国としての優位性を主張したイギリスはFIFAに参加しなかった。近代サッカーは1863年のイングランドサッカー協会 (FA)とロンドンの12クラブによる統一ルール作成により誕生し、イギリス各地に広がり世界中に広がった。更に1882年にイギリス本土4協会は国際大会を開くために統一ルールを作る団体、国際サッカー評議会を組織した。翌年1883年からイギリス本土4協会が参加するブリティッシュ・ホーム・チャンピオンシップ(当 初はホーム・インターナショナル・チャンピオンシップ(ホーム国際選手権))と呼ばれる世界初のサッカー単独の国際大会を毎年開催することになった。この ようにイギリス本土4協会はFIFA設立以前からそれぞれが独自に活動していた。元々、サッカー単独の世界選手権(後のFIFAワールドカップ)を開催することが目的の一つだったFIFAは、近代サッカーの母国であり、サッカーの国際ルールを制定し、自他共に認める近代サッカー初期の最強の国であるイギリスをFIFAに加盟させる為に、イギリス本土4協会それぞれを承認した。
以降、FIFAは一定の自治が行われている地域の協会も認可している(例:イギリスは本土4協会の他に海外領土のモントセラト・イギリス領ヴァージン諸島・ケイマン諸島・タークス・カイコス諸島・バミューダ諸島・アンギラ、中国は香港とマカオ、アメリカ合衆国は海外領土のグアム・アメリカ領サモア・プエルトリコ・アメリカ領ヴァージン諸島、オランダは海外領土のアンティル・アルバ、またイスラエル国内のパレスチナ自治区など、このようにFIFAから認可されている地域の協会はイギリスだけではない。また中華民国はチャイニーズ・タイペイ名義で加盟している)。
FIFAランキング
男子の場合、FIFAは毎月、各国の男子のAナショナルチーム(年齢制限のない最強の代表)のランキングであるFIFAランキングを発表している。これまでに二度の制度改正を経ており、主観的要素を完全に排した国際Aマッチ(Aナショナルチーム(A代表)同士の 公式国際試合)の結果のみに基づいて編まれるランキングとしてはかなり公平なものになっている。外国人選手も所属できるクラブとは異なり、ナショナルチー ム(代表)は同じ国籍の選手のみのチームであるため、FIFAランキングはその国のサッカーの強さを示す『目安』となっている。 FIFAワールドカップの各地域予選においては、実力差が極めて大きい対戦を避けるため予備予選を行うことがあり、その振り分けに使われたり(例えば、2006 FIFAワールドカップ・アジア地区予選ではFIFAランキングのアジア上位25チームが1次予選免除)、AFCアジアカップ等の各地域連盟主催の各大陸別選手権の予選組み分け及び本大会のグループリーグの組み合わせ(ランキングが高いチームがシード等)に使われたりしている。
また、FIFAワールドカップ本大会においても、グループリーグのシード国決定に用いられる。2006 FIFAワールドカップ独大会までは過去から現在までのFIFAランキングと過去のワールドカップ本大会の成績を元に計算してシード国を決めていた(2006 FIFAワールドカップ独大会では過去3年間のFIFAランキングとワールドカップ本大会過去2大会の成績を元に計算)が、2010 FIFAワールドカップ南アフリカ大会ではグループリーグ抽選会前のFIFAランキング(2009年10月のFIFAランキング)のみでシード国を決定した。 このように、年々、FIFAランキングの重要性は増してきている。
女子の場合、男子と同様にFIFA女子ランキングがあり、こちらも各国の女子のAナショナルチーム(年齢制限のない最強の代表)のランキングであり、女子の国際Aマッチの結果のみで計算される。但し、公表は年4回であり、FIFAが初めて公認した女子代表の国際試合(フランス女子代表対オランダ女子代表:1971年4 月17日)以降の全試合を集計の対象とする(男子は直近4年間のみを対象)など男子と異なる点がある。